これは圏です(はてな使ったら負けだとおもっていた)

きっと何者にもなれないつぎの読者につづく。

凄腕すぎたカウンセラーのはなし ——または、カウンセラーのパラドックス

ある街に、凄腕のカウンセラーが住んでいました。

その街に住む、自分のことがよくわからないぞー、ってなってしまった人が、カウンセラーのところに相談にいくと、たちどころに問題を見抜いて、解決してくれるのです。
なんでそんなことが出来るのかと云うと、そのカウンセラーさんは「自分のことがよくわからないひとリスト」と云うのをもっていて、そのひとたちのことを既に徹底的に調べていて、よくわかっているからなのでした。
プライバシーの侵害だ!と云う声もあるかもしれません。でも、そこはカウンセラーさんも職業人で、カウンセリング以外には使いませんし、だいいち自分のことをよくわからないひとは遅かれ早かれカウンセラーさんのところに来るので、結局は自分の患者であるのと同じことです。

それだけ情報収集能力があると不安かもしれません。しかし、自分のことをよくわかっている人達は満ちたりている人達で、カウンセラーさんのところに相談しにくる必要がないのでそもそもカウンセラーさんも集めません。自分の仕事で手一杯です。それに、自分のことをよくわかっているのだから、カウンセラーさんが自分のことを調べていたらすぐにわかって、提訴されてしまいます。あぁこわいこわい。だからそんなひとのことは何も知りません。


そんな訳で、カウンセラーさんは自分の特技を上手く生かして、街の人達を助けて今日も繁盛しているのでした。


そんなある日。ひとりの患者さんがいいました:
「いやあ、先生は本当に何でもわかってるんですねえ。御自分のこともよぉくご存知なんでしょう?凄いなあ……」

その場では「いえいえ、それほどでもないですよ……」と流したカウンセラーさんでしたが、後で思い返してみて困ったことになってしまいました。「はて、本当に私は自分のことをよくわかっているのだろうか?」

「もし、私が自分のことを良くわかっているとすると、ポリシーから私は自分のことをよくわからない筈だ。じっさい、今もよくわかっているかこうして考えている。しかし、これは矛盾だ!自分のことを知っている筈なのに知らないことになってしまった。と云うことは良くわかっていないんだな……」
カウンセラーさんはこの悲しい現実を受け止めつつも、まあ、仕方ないか、と思おうとしました。しかし、ここでまた引っ掛かってしまいました。


「では、私は自分のことを良くわかっていないんだな。とすると、またポリシーより私は既に自分のことを徹底的に調べてよくわかっていないといけない。おかしい、これはこまったぞ……」


そんなこんなで、カウンセラーさんは苦悩のドン底に落ちてしまいました。いったいこのジレンマをどう解消すればいいのか……。
こんなことをずっと考えている内に、段々と眠れない夜が続き、遂には診療所をお休みにしてしまう始末です。
そうこうしている内にも、悩める人達はまだそこら中にいます。かつて治療してもらった患者さんたちは、少しでも早い恢復を祈って花や差し入れを診療所の前に差し入れていきます。「はやく元気になってください」と手紙を認めるひとも多かったようです。

しかし、幾ら励ましの声を聞き、幾ら差し入れの山を見ても、カウンセラーさんの悩みは解決しません。嗚呼、どうすれば……。

後日談

それから更に何日かが過ぎ、カウンセラーさんは思い付きました。「そうだ!都会のカウンセラーに相談にいこう!」

都会のカウンセラーはカウンセラーさんの師匠に当たる人です。長いこと会っていませんが、腕は確かで、修行時代はいつも的確なアドバイスをくれていました。
あのひとならきっと、この状況を打破してくれる!その希望を胸に、カウンセラーさんは師匠に会いに遠路はるばる都会へと向かいました。


* * *


「……と云う訳なんです。師匠、何か素晴しい解決はないものでしょうか」
「ああ、それなら簡単だよ。」
「えっ、本当ですか?」
「ああ。君は自分のことをよくわかっているか、わかっていないんだろう?」
「ええ、そのとおりです。」
「じゃあ、君は自分のことをよくわかっていないことになるね。だって、そんなこともわかってないんだから・・・。」